霞ヶ浦をフカボリ

植物, 生きもの

霞ヶ浦をフカボリ

プロローグ

こんにちは!きょうたです。
動物王国のような場所を作るべく、活動と発信をしています。
毎日365日こうやって活動報告や思ったことを記事にしています。
動物王国をふかぼり
2021年抱負

私たちは霞ヶ浦の水質、自然を再生しようと日々活動しています。
しかしながら、やっているのは周辺にある谷津田や水源地の再生ばかり・・・

一体我々は何をやっているのか?どうして今これをやっているのか。

今回、霞ヶ浦の研修を経て、最後のボス(ラスボス)的な存在である霞ヶ浦を見ながら、これまで行ってきた再生事業の変遷、歴史を振り返って知る良い機会となりました。

ロールプレイングゲームでいうところの、オープニング、プロローグとも言える経験でした。

霞ヶ浦とは

Tdk at Japanese Wikipedia, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

茨城県の南東部にある湖で、
霞ヶ浦(西浦)、北浦、常陸利根川の3つの水域から成り立っています。
なるほど!確かに3つに別れていますね!
西浦はわかりますが、もう一つは「東浦」じゃなくて北浦なんですね。。。
そしてそれを繋ぐ臓器のような常陸利根川、、これは今回初めて知りました。

平均水深4m、最大水深7mの広くて浅い湖
湖面積 220㎢ 琵琶湖に次いで全国2位の広さ
湖岸線 252㎞ 全国1位

琵琶湖のように整った形ではないので、面積こそ2位ですが、湖岸線の距離は琵琶湖をはるかに上回る距離になります。それだけ湖畔に住む生物相、植物相に及ぼす影響は多大なものになりますね!

生き物は全部繋がって生きています。

アシの林は鳥や水生生物が隠れたり繁殖したりする重要な場所になります。
そのフンや死骸がまた植物の栄養になります。
しかし、そのアシは波によって少しずつ削られていっています。(写真)

消波堤の役割を果たしていた浮葉植物群落が水門による水位調整で姿を消したからです。

ヒトの、主に経済を中心に考えた行動がドミノ倒しのように自然環境に影響を与えていっています。

林業、漁業、農業、上下水道、行政・・・

タイトルに「フカボリ」とありますが、霞ヶ浦自体の様相と同じようにひっじょーーーーに幅広い人々、産業、行政が関わっていて、深く掘り下げるというよりひろーーーくあさーーーーく全体をみる視野を持って望んでいかないとこの問題は解決していかない、というのがまとめです。

それぞれに「正義」があって戦っているので、片方を上げると片方が下がるというような状況です。

昔はどうなっていたか/約1千年前 (霞ヶ浦河川事務所ウェブサイトより引用)

1000年ほど昔、霞ヶ浦は今の利根川ともくっついていました。
その後、洪水対策や農業用水、生活用水の確保等の目的で江戸時代より運河や治水工事が繰り返され現在の形を取るようになりました。

この辺りの歴史は茨城県霞ヶ浦環境科学センターに詳しく資料がまとめられています。

ここは本当に内容が充実していて面白かったです。

スケジュールの関係上、1時間程度の滞在でしたが丸一日いても楽しめるものでした。

常陸川水門

ここで大きなポイントになるのが、常陸川水門。通称逆水門です。

この水門の役割は、ウェブを見ていただければわかりますが、
①洪水被害の軽減②塩害の防止③生活用水の確保
などが挙げられます。

一方でこの水門を閉じ、水位調整をはじめたことや護岸工事によって霞ヶ浦の水質悪化、生態系の乱れを生むことになっています。これに対し、生態系保護のために柔軟な運用をしてはどうかという提案が出されました。

逆水門の柔軟運用提案

水門を閉じてしまうと大切な産業でもあったうなぎの遡上が憚れてしまいます。
水門をうまく運用してウナギをよびもどそう!というプロジェクトも合わせてありました。

カムバックウナギプロジェクト

これで霞ヶ浦の生態系が一時的に戻り、水質改善もされ、いい方向に向かっていたそうです。

(過去の様子)

ところがこれも一時的だったようで、状況は振り出しに戻ることになります。

現在のそだ消波堤と湖岸植生帯

こういう歴史があった上で、今は、
霞ヶ浦に直接働きかけるというステージから、水源地の自然再生に変えていくステージに変えてきたのです。霞ヶ浦再生活動「第二章」とも言えると思いました。

なるほどねっ!

まとめ

この研修中、霞ヶ浦周辺で古墳が多く見られました。
富士見塚古墳公園

これらの古墳は5世紀から6世紀に、写真のように霞ヶ浦を見下ろす形で作られています。
分布図を見ると古墳点在地だけで当時の霞ヶ浦の形がわかるくらい、多くの古墳が作られています。

太古の時代より、この霞ヶ浦は地方と関東(江戸)を繋ぐ重要な水上交易路として栄えてきたことがわかります。

そして、昔から洪水や塩害も多くあったことは疑いようもありません。昔の人はそれも承知で、良い部分、悪い部分も受け入れた上で霞ヶ浦と共に生きてきたのだと思います。

それが、ある時から、
霞ヶ浦をうまくコントロールしてやろうという意思が見えてくるようになります。
運河、治水工事、干拓事業、など。

それにより、砂が河口を埋めてしまった、水流が逆流するようになってしまった、塩害が広がってしまった、と、次々と問題が発生し、それに対してじゃあ護岸を固めよう、水門を作ろう、、、と悪循環が続いています。

やることなすことが行き当たりばったりな印象を受けました。

全体を捉え、バランスを考え、
コントロールする、支配するのではなく、
どううまく付き合っていくか、共生していくか、
を考えて行動することが大切なのだとわかりました。

対自然という意味では、湖も、植物も、動物も、みんな同じですね!

共生を考えよう!

植物, 生きもの

Posted by kyotako

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