沖縄離島紀行 波照間島
天然記念物の生き物
波照間島
昨年、慶良間でダイビングのライセンスを取ったばかりの私でも「波照間ブルー」の呼称は知っていた。噂に違わぬ美しさだった。
なんと表現すればいいのだろう、、泳がずとも(いや、泳がないともったいないけれども)一度は見たほうがいい景色だと思う。
単純に透明度や綺麗さだけでは作り得ない、自然の美しさだと思った。
ガイド兼、宿主のA氏は
「昨日、皆さんが来るっていうからペンキ流しといたんだ」
と悪い冗談を言っていた。ここまで究極にクリアーで美しくなると、もはや人工的なものしか浮かばなくなってしまうのが哀しき現代人か。それくらい、純粋で、混じりっけなしの海だった。
私たちは夜行性の生き物たちを探しに夜の波照間島を回っていたところだった。
夜の釣りへと繰り出していたA氏たちから、ある生き物を捕獲したと連絡があった。
この日釣りには不向きな潮で、早々に引き上げてきたところでそれに出会ったそうだ。
小さく、汚れたクーラーボックスの底で、「それ」はじっと息を潜めて恨めしそうにこちらを見上げていた。
取り出された「それ」は、人の手ではあまりある、異様とも言える大きさがあった。
ゴツゴツした体と青みがかった外殻。発達した大きな二本のハサミはそれだけで人の指が切り落とせるほどの力があるという。
これが、ずっと会いたいと思っていた、ヤシガニである。
カニと名がついているがヤドカリの仲間で、その大きさゆえに「宿」を借りれず裸のまま暮らしている面白い生き物だ。弱いお腹の部分は巻いてその強力な甲羅の下に隠している。
破壊力満点の二本のハサミと頑丈な甲冑を備えたこの最強生物でさえも、人間という生き物には敵わず、乱獲、環境の減少、交通事故などにより世界中で数を減らしているという。
なんということだ、、、
台所に置かれたヤシガニは私たちに怯え、ガサガサとシンクで足を滑らせながらそれ以上逃げ場がないのに必死で後退しようとしていた。「最強」からは程遠く、臆病で、哀れな姿だった。
とても切ない感じがした。
これが、かねてより会いたかった、ヤシガニか。。
姿形よりも、虚ろで、深い闇をみているような、小さな真っ黒い目がずっと印象に残っている。
「もう、自分たちに関わってくるな」と主張している気がした。
畏怖の念すら、感じた。
私が勝手に最強とイメージしていただけで、彼らはずっとこれで生きてきているのだ。
それがまた、美しく、素晴らしいと思った。
あれだけ会いたいと思っていたはずなのに、もう、これでいい、十分だと思った。
もうこれ以上彼らの尊厳を傷つけないでくれ、と。
彼らはヒトと接することなく、ひっそりとジャングルの中で暮らすべきだ。
ガイドでもあるA氏は今回、私たちのために、わざわざヤシガニを捕まえて見せてくれた。写真では乱雑に扱っているように見えるかもしれないが、普段からこのヤシガニの保護、環境の保全に尽力していることを補足として記しておく。このヤシガニもこの後自然に還された。一部では珍味・美味として食べられているそうですが、、
天然記念物なのに食べていいの?!と、思われるけど、準絶滅危惧種のニホンウナギだって時期になるとスーパーに並んだりしていることを考えれば不思議ではない。でも私は、ヤシガニも、ウナギも、もう自分から食べたいとは思わない。